※本記事はCureApp Advent Calendar 2022 12日目の記事です。
前回の記事 で左玉(ひだりぎょく)というB級奇襲戦法について簡単に説明したが、本記事では実戦における左玉の戦い方について具体的な例を交えて記載したいと思う。左玉の概要については前述の記事を参考にして頂ければと思うが、改めて左玉を一言で表現するならば「玉と飛車の両方を左に寄せる戦法」である。飛車のみを左に振るのであれば通常の振り飛車となるし、玉のみを左に寄せるのであればこれもまた通常の居飛車の陣形となる。左玉の特異性とは「玉飛接近すべからず」という格言に反し、攻めの要たる飛車と、最も価値の高い駒である玉を二つとも左辺に構える点にある。
序盤
先手の場合
宇宙に存在する原子の数よりも大きい局面のパターンを持つ将棋であるが、主に初手に用いられるのはたったの3種類、すなわち▲7六歩、▲2六歩、▲5六歩のいずれかである。まれに▲9六歩や▲1六歩といった手もあるが、99%の棋譜は上記の手のいずれかで始まると言っても過言ではないだろう。左玉を指向する場合、居飛車の手である▲2六歩は(陽動でない限り)除外されるため、▲7六歩か▲5六歩の二択になる。この2手であればどちらでも左玉を目指すことは可能であるが、個人的におすすめしたいのは初手▲5六歩の方である。▲5六歩は主に中飛車を指向する場合に選択される手であるが、左玉の初手としても有力であると考えている。
▲5六歩の狙い
実は筆者は以前、▲7六歩を左玉戦法の初手として採用していた。▲7六歩に対して△3四歩▲6六歩△3五歩のような相振り飛車模様の出だしを期待してのことであるが、初手▲7六歩に対しては後手も△8四歩と飛車先を突いてくることが多い。基本的に左玉は互いが飛車を振る相振り飛車において用いられる戦法であるため、相手が居飛車の場合は左玉に組みづらいという難点がある。
そこで有力となるのが▲5六歩で、少しでも相振り飛車になる確率を上げるための第一歩となる。▲5六歩はいわゆる中飛車を目指す手であるが、これに対しては(あくまでも筆者個人の感覚値であるが)相手も飛車を振ってくる場合が多い気がしている。具体的には▲5六歩に対して△5四歩の相中飛車であったり、△3四歩▲5八飛△3五歩の三間飛車といった具合だ。相振り飛車の場合は飛車が中央にいても働きが弱いため、中飛車側は中央に振った飛車を三間か向かい飛車に改めて振り直す必要がある。そのため▲5六歩に対しては後手も(先手の中飛車を咎めるため)飛車を振って相振り飛車に持ち込もうとするパターンが多いのではないかと推測している。
ボクシングにおいては相手に敢えて右ストレートを振らせてカウンターを取るという技術があるそうだが、将棋においても中飛車を偽装することで相手に飛車を振らせるのが、左玉を目指す上でのひとつの工夫となる。
初手▲5六歩。よくある先手中飛車の出だしに見えるが、深淵なる左玉戦法の狙いが秘められている。
左玉への組み替え
▲5六歩から▲5八飛と飛車を中央に振った後は、早めに7筋の位を取ることを意識すると良い。これは7六銀・6七金型左玉に組むことで、相手の玉頭にプレッシャーを掛ける狙いだ。途中図は左玉への移行局面だが、7筋に厚みが築かれているのが見て取れるだろう。具体的な手の流れを左玉側(先手と仮定)のみ記載すると、下記のようになる。
▲5六歩▲5八飛▲7六歩▲6八銀▲6六歩▲6七銀▲7五歩
▲7八金▲3八金▲7六銀▲6七金▲6九玉▲5九飛▲7七桂(途中図)
ここからさらに▲7八玉▲7九角▲6八角▲8九飛と組み替え、飛車先を突いて歩交換を狙っていくと良い。
後手の場合
先手の場合は初手▲5六歩が有力と説明したが、後手の場合は△3四歩をおすすめしたい。△5四歩と中央を突くのもありだが、後手の場合はゴキゲン中飛車と誤認されて先手の居飛車型を誘発するケースが考えられる。左玉党としてはあくまで相振り型に持ち込みたいので、少しでも相手が飛車を振りやすい形を目指すべきだろう。仮に△3四歩に3手目▲2六歩なら、△8八角成と角交換から右玉模様に持ち込むのも良い。右玉はいわば左玉の鏡写しであるから、左玉が指せないなら右玉を選ぶという寸法だ。△3四歩に対して▲7五歩や▲6六歩と先手が飛車を振る素振りを見せたら、△5四歩と突いて中飛車から左玉への組み替えを目指すと良いだろう。
中盤
角交換は歓迎
左玉への組み替え途中、相手(後手と仮定)が△1三角と覗いてくることがある。そんな時は迷わず▲7九角とぶつけて角交換を迫ろう。左玉の構えはアンバランスに見えて意外と隙がなく、角打ちに強い。反面、相手が石田流の構えであれば、3二や2二の地点に角打ちの隙が生じている場合が多い。ただし右金が3八の地点にいないと△2八角と打たれるので、角交換の際は自陣の状態にも注意が必要だ。
2歩持ったら端攻め
左玉の狙いは相手の攻めを呼び込んでのカウンターであるため、自ら無理に攻める必要はない。ただし歩を2枚以上手にしたら積極的に仕掛けても良いだろう。特に相手が美濃囲いの場合、▲9五歩からの端攻めが有力だ。▲9五歩△同歩に▲9三歩と垂らし、△同香なら▲9四歩と叩いて△同香に▲8五銀と出る。これに△9三玉のような顔面受けなら▲9四銀△同玉▲9五香と後手玉を引っ張り出して先手十分だ。また▲9三歩の垂らしに△同玉なら、▲9五香△9四歩▲同香△同玉▲8二歩と桂取りに打ち込む。▲9三歩を手抜くようなら▲9五香車と取り込んでおけば良い。いずれにせよ端攻めにより美濃囲いを崩すことができる。ただし9四の地点に引っ張り出した香車を銀で取りに行く際は、相手の飛車が四段目に横利きを通していないかどうか注意しよう。
3歩持ったら垂らす
2歩持ったら端攻めが利くと説明したが、3歩の場合は8筋に歩を垂らす手も有力だ。すなわち▲8四歩△同歩▲8五歩△同歩▲8四歩といった具合である。次に▲8五飛と走れれば相手の玉頭に直接迫ることができる。ただしこちらが3歩持っているということは相手も右辺でかなり暴れているはずなので、垂らしに手抜きで攻め込んでくることも考えられる。攻め合いに持ち込むタイミングには注意しよう。
棒銀に気を付ける
前回の記事でも紹介したが、左玉の最大の天敵は棒銀である。左玉の陣形は基本的に右辺を金一枚で守っているため、銀と飛車で攻め込まれると単純に受けの数が足りないのである。そのため相手が棒銀の動きを見せたら、こちらも右銀を投入して受けに回る態勢も必要だ。ただし受けてばかりでは勝てないので、右辺を焦土にして駒を入手したら攻め合いに持ち込む覚悟も必要となる。左玉は玉の横っ腹がガラ空きなので、龍の侵入を許したらひとたまりもない。右辺では駒を捌かせないように相手の飛車先を重くさせ、飛車成りを一手でも遅らせている間に玉頭戦に持ち込む工夫が必要となる。
終盤
金無双にはコビン攻め
美濃囲いに対しては前述の端攻めや歩の垂らしが有効となるが、相手が金無双の場合は玉が7二にいるため響きにくい。むしろ金無双の弱点である玉のコビン(6三の地点)を狙うのが良いだろう。どこかの段階で▲6五歩と位を取っておくと、終盤に▲6四歩と突く手が生まれる。また7二の玉を見据えた角打ちや、角利きを活かした桂打ちなども有力となる。
穴熊はカモ
前回の記事でも述べたが、穴熊は左玉にとって格好の餌食である。なぜなら穴熊の弱点である上部(8三)の地点に飛車の利きが直射しているため、横からの攻めに強い穴熊を上から崩すことができるからだ。右辺の戦いで歩や香車を手に入れたら、8・9筋に打ち込んで集中砲火を浴びせると良いだろう。穴熊に対する玉頭攻めこそ左玉の真骨頂である。ただし左玉の薄い玉型を考えると、深く攻め込まれてからでは間に合わない恐れがある。姿焼きにするほどの余裕はないので、受けに回りすぎないように注意しよう。
終わりに
今回は主に7六銀・6七金型左玉の実戦における手筋について説明したが、もし次の機会があれば7筋ではなく6筋の位を取る▲6六銀型左玉についても考察したいと思う。左玉と表裏一体である右玉については多数の定跡書が出版されているが、左玉においては資料が少ないのが実情だ。本記事を読んで、一人でも多くの将棋愛好家が左玉の魅力に気付いてくれたら幸いである。