左玉(概要編)

maieda
Dec 16, 2020

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※本記事は JDD Advent Calendar 2020 16日目の記事です。

図1: 7六銀・6七金型左玉

左玉(ひだりぎょく)という将棋の戦法をご存知だろうか。左玉とはその名の通り、玉(王将)が左にいる戦法である。今回はこの戦法の持つ魅力について紹介したいと思う。

左玉を語る上で、右玉という戦法にも触れておく必要があるだろう。右玉もまたその名が示す通り、玉が右にいる戦法である。 ここで将棋に馴染みのない方のために補足しておくと、将棋とは敵の王将(玉)を取ることを目指すゲームである。 そして玉というのは初めは自陣の中央に鎮座しているが、そのままだと守備が手薄で容易に討ち取られてしまうので、右か左かどちらかに寄せて金銀で囲うのが定跡となっている。 では左右どちらに寄せても同じかというとそうでもなく、将棋というのは右側に飛車、左側に角を置いて始める。そして序中盤は主に攻撃力の高い飛車を用いて敵陣を攻略していくことが多い。古来より「玉飛接近すべからず」という格言が示す通り、攻めの要である飛車と、守るべき駒である玉は互いに離れた位置にあるのが望ましいとされている。よって右側に飛車を置いたまま戦う戦法(居飛車)の場合、玉は飛車と反対側の左辺に寄せて戦うのが一般的となっている。またこれとは逆に、飛車を左側に移動して戦う戦法(振り飛車)の場合、玉は反対に右辺に寄せて囲うことになる。

図2: 矢倉右玉

この常識に異を唱えたのが右玉/左玉という戦法である。すなわち、居飛車(飛車が右側)の場合は玉を同じく右側(右玉)、振り飛車(飛車が左側)の場合は玉を同じく左側(左玉)と、玉を飛車と同じ側に移動して戦う変則戦法である。居飛車の将棋に現れる右玉は比較的よく知られた存在だが、相振り飛車(双方が振り飛車)の将棋に使用される左玉は割とレアな戦法である。

前置きが長くなったが、そんな変則戦法の一種である左玉の魅力について以下に挙げていきたい。

魅力1: 初見殺し

左玉に限らず奇襲戦法全般に言えることだが、定跡外の変則戦法の目的は相手を惑わすことにある。すなわち相手にとって未知の局面に誘導することで、判断を誤らせて形勢を優位に持ち込もうという狙いだ。特に左玉という戦法はプロの棋戦ではまず現れず、アマチュアでも使いこなす者は少ない。よって大半の者は左玉を相手に戦った経験に乏しい。そこにつけ込むのである。具体的な戦法としての左玉の狙いは後述するが、左玉と初めて相対した者はその狙いに気づかず、まんまと罠に掛かってくれる可能性が高い。

魅力2: カウンター

左玉の戦法としての狙いはカウンターにある。すなわち自分からは積極的に攻め込まず、先に相手に攻めさせることで持ち駒を入手し、敵陣の急所である玉頭に殺到することを狙いとする。 左玉とは相手が振り飛車の時に使う戦法であるから、図1のように自分の飛車が相手の玉頭に直射することになる。一方、相手の飛車はこちらの右辺を睨んでいるものの、そこには囮となる金銀が配置されているに過ぎない。相手は飛車を使って攻め立ててくるだろうが、わざと右辺を荒らさせて(俗にいう焦土作戦)歩や銀桂を入手し、9筋の端を絡めて玉頭にカウンターを喰らわすという寸法である。ただし左玉の陣形は下段がスカスカのため、飛車を成り込まれると途端に崩壊する危険性が高いので、そこだけは注意が必要だ。

魅力3: 穴熊に強い

穴熊とは玉を隅に移動した上で周囲を金銀で固めるという、非常に防御力の高い囲いである。 かつて玉の堅さこそが正義とされた時代において、「堅い、攻めてる、切れない、勝ち」を地で行く戦法として猛威を振るった歴史がある。近年、AIの台頭により玉の堅さだけでなく陣形のバランスも重視されるようになったが、受けを手抜いて攻めに集中できることから依然として人気の高い囲いである。

そんな穴熊だが、実は左玉にとっては格好の餌食である。なぜなら穴熊というのは横からの攻めには滅法強いが、上からの攻めには比較的耐久力が低いという特徴がある。そして左玉の場合、下図のように飛車が敵の穴熊の上部を射程に捉えているため、穴熊を上から攻め潰すことが可能なのである。とはいえ敵も右辺に攻め込んできているので、あまり悠長に構えているわけにはいかない。相手の侵攻とこちらの穴熊攻め、どちらの攻めが速いかといったスピード勝負になるケースが多い。ただし上手く局面を収めれば、穴熊を「姿焼き」にして仕留めることも不可能ではない。

図3: 高田流左玉 対 穴熊

ざっと左玉の利点について説明したが、当然長所ばかりではない。以下に左玉の弱点についても挙げておくとしよう。

弱点1: 守りが薄い

図を見て頂ければわかると思うが、左玉の玉型というのは非常に薄い。 特に7六銀・6七金型左玉においては玉のドテッ腹がガラ空きであり、ほとんど囲っていないも同然である。 その薄さたるや、穴熊の10分の1程度なのではないかと思わせるほどだ。 これは堅さよりもむしろ上部の厚みと広さを重視した結果であるのだが、横からの攻めに弱いため右辺に竜を作られると途端に危うくなる。

弱点2: 狙いが短調

左玉の魅力の一つに初見殺しを挙げたが、それは裏を返せば同じ相手に何度も通用しないということでもある。 つまり左玉の狙いがカウンターにあるとバレてしまえば、相手はより慎重な攻めを心掛けてくるだろう。むしろ千日手も辞さない構えで手待ちを繰り返してくるかもしれない。かといって左玉側から焦って仕掛けても、攻め駒に乏しい左玉の攻めは容易に切らされてしまうだろう。むしろ左玉を指す者は先手だろうが後手だろうが、相手が攻めてこないなら千日手上等の覚悟を常に備えていなければならない。

弱点3: 棒銀に弱い

棒銀とはひふみんが半世紀以上に渡って愛用していた戦法で、単純ながら恐ろしい破壊力を秘めた戦法である。 左玉党にとって最も警戒すべき戦法が、何を隠そうこの棒銀なのである。 左玉の陣形というのはいかにも薄く、軽い攻めで潰せそうに見えるのだが、そのようにナメた攻めで軽く仕掛けてくれるならカウンターで容易に葬り去ることができる。 問題なのは左玉のカウンターを警戒し、飛角銀桂を駆使してじっくり攻めてくる老獪なタイプだ。 このような相手の攻めを受け切ることは難しいため、どこかで受けを手抜いて攻め合いに転じることになる。 問題はそのタイミングで、早すぎれば攻めを切らされるし、遅すぎれば逆に攻め込まれて手遅れとなる。 この辺りの見極めは、実際に数をこなすことで判断力を培うしかないだろう。

まとめ

以上、簡単ではあるが左玉という戦法について私見を述べさせてもらった。 筆者と左玉の出会いは前職の将棋同好会時代に遡るが、以来10年近くに渡って左玉を指し続けている。 かつて伊藤果は風車を指すために将棋を指していると言ったそうだが、私の場合は左玉を指すために将棋を指していると言っても過言ではない。 上述した通り欠陥も多い戦法だが、それ以上に相手の意表を突いて手玉に取る面白さがこの戦法にはある。 決して表舞台で脚光を浴びるような戦法ではないが、いちアマチュア将棋指しとして、これからも左玉の将棋を探究していきたいと思う。

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